私の文章、個性的すぎる問題

こんにちは、またはこんばんは。

りあんぐです。

 

ある方のブログを拝見したときに、改めて感じました。

「文章って人によってホントに違うよな」と。

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私が拝見したブログというのは、私と同じようにwebライターをしている人のブログです。

その人は私よりだいぶ年上のようなのですが、文章がすごく理路整然としているのですよ。

「えっ⁉同じwebライターなのにこんなに違うの⁉ていうか、同じ人間なのに⁉」

と驚きました。

 

事実を淡々と書き、そのうえで自分の考えを表現するその文章に、私は魅せられました。

同時に、

「お金を儲けることができる文章ってこういう文章なんだろうなー」

とも思いました。

 

そりゃそうです。

クライアントさんにしてみれば、理路整然として客観的な事実を正確に伝えるような文章を求めているに決まっています。

別に、文章の個性が必要なわけではないのです。

(私がクライアント側になったときも、上述のような文章を求めると思います)

 

そして、私は今までの自分の文章を見返しました。

文体診断ロゴーンにもかけてみました。↓

logoon.org

 

そうすると、あることが見えてきました。

私の文章、個性的すぎる問題です。

 

そう、ブログを読み返したら、

「私の感情が丸わかりの文章だなぁ」と感じ、

文体診断ロゴーンにかけてみても、

「とても個性的」と結果が出るのです。

 

そう、言ってしまうと理路整然とは思えない文章なのです。

 

クライアントさんはライターの感情は求めていないでしょうし、

感情が伝わるような文章も要らないでしょう。

(記名記事とかなら違うかもしれませんが)

 

おそらく、最近立て続けに案件に応募してもテストライティングで落ちてしまうのは、これが原因なのでしょう。

私の感情が丸出しになっているのだと考えられます。あらやだ恥ずかしい。

 

この問題を如何にして解決するべきか?

 

このまま個性爆発の文章を採用してくれるクライアントさんを探すのか、

それとも文章を矯正していくのか。

 

私は後者を選びたいと思います。

 

あっ、ブログでのノリは今まで通りに行こうと思います。

息抜きでもありますし、自分の好きなように文章が書けるというのは良いものなので。

 

ただ、webライターとしては、文章を矯正していきます。

一番最初に挙げたwebライターさんのブログを拝見しながら、ちょっとずつ技術をマネすることができればな、と思います。

 

今回はこれで終わりです。

ありがとうございました。

 

 

 

どうあがいても人は死ぬ

こんにちは。まりあんぐです。

 

暑い!

毎日とにかく暑いです。

その暑さたるや、新潟県でもセミが鳴き始めるくらいです。

まだ7月になったばかりなのにな。

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さて、そんな生き物の活力を感じる7月ですが、死ぬときは必ず来ます。

今回は、そんなお話をダラダラしていきます。

 

私が一番最初に「死」に触れたのは、祖母がひき逃げに遭って亡くなってしまったときです。

お葬式は自宅で行ったのですが、そのときはまだ死の実感は湧いていませんでした。実感が湧いたのは、大きなテレビを亡き祖母の部屋に運んで、そこを家族団らんの場にしよう、としたときです。

このとき、はじめて「ああ、祖母はもういないんだ」ということを感じました。

 

日々は過ぎ、私の祖父・祖母といえる存在はもういなくなってしまいました。

別にこのことがトラウマになっている、ということはありません。

ただ、多感な時期に祖父・祖母といえる存在を亡くしたので、「人より若干、死というものに触れているかなー」と自分では思っています。

 

そんな私は最近両親のことを考えます。

両親も生き物です。必ず死にます。

しかし、「あー、死んでほしくないなぁ」と最近考えだすようになりました。

 

多分、私が暇だからこんなことを考えるのでしょう。

忙しい人はこんなこと考えません。

しかし、先日に母からもらったメールの言葉が忘れられないのです。

 

「〇〇(私の名前)、私たちは年を取っていきます」

 

この言葉が、私の中にずっと存在しています。

 

事実です。私はもうアラサー。両親もそれなりの年齢なので、死を考えることは当然です。

でも、その言葉が、私にとって寂しくて寂しくて仕方がないのです。

 

できれば、ずっと生きていてほしい。そんな仕方のないことを考えてしまう。

ずっと健康なままで。ずっと元気な今のままで。

でも、それは不可能です。

 

なぜ、急にこんなことを書くようになったのか。

それはおそらく、実家の猫が腎臓を悪くして長くないということを伝えられたからだと思います。

ああ、また死んじゃうのか…と感じました。

(今はまだ元気ですが。むしろ太ったそうです)

 

今は、旦那が無事に帰ってくるたびに一安心する毎日を送っています。

今日も無事で良かった!お天道様に感謝!みたいな感じで。

 

大人になることって、身近に死を感じても自分の生活を続行できることなのかもしれません。

そしてそれは同時に、強さにも繋がるのではないか、と考えています。

 

そんなわけで、まりあんぐでした。

でででん。

ブログが無断転載されました!

こんにちは。

りあんぐです。

統合失調症がwebライターを目指すブログ。」のまりあんぐです。

 

昨日Googleで自分の記事が何位くらいで表示されるかなーという気持ちの悪い行為をしておりましたところ、自分の記事が無断転載されているのを発見しました。

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発見したとき、私はマジかよ…と思い、同時に嬉しくもありました。

「あっ、有名税かな?」なんて。

 

しかし、そう悠長なことを言ってられません。

私は早急にブログを無断転載されたらどうすればよいのかを検索しました。

 

こちらのブログさんに詳しいやり方が書かれております↓

www.tamashii-yusaburuyo.work

 

拝見されましたでしょうか。

拝見しましたね?

 

私はこれらの方法のなかで、Google先生DMCA著作権)侵害の報告をするという方法に着目しました。

 

しかし、この方法、どうやら自分の本名をGoogleに報告しないといけないらしいのです。

 

私は結婚して、苗字が変わりました。その結果、多分日本でただひとりの名前を持つようになってしまったのです。

そんな100%個人特定される方法は取りたくない!と思ったのが本音です。

 

かといって、上記のブログさんにある他の方法も難しく。

どうすればよいかな~と考えていたところ、とある方法を思いつきました。

 

「そうだ、名前をところどころ入れれば良いじゃない」

と。

 

つまり、「まりあんぐ」というワードを各所に入れておけば、この記事はまりあんぐが作成したと分かってもらえるのではないか、と。

そう思ったわけです。

 

「ホントにそれで良いわけ?」「画像の差し替えとかもっと方法あるよ?」と思われる方もたくさんいらっしゃるでしょう。

 

私もそう思いました。

しかし、このブログははてなブログ。そして無課金です。

無課金で取れる対策は少なく、せいぜいフッタに著作権表記をするようにしたくらいです。

 

正直言って、これで良いのか?と思っています。

もっと対策をするべきじゃないのか?そしてはてなPROにすべき時がきたんじゃないのか?と。

 

でも、お金はそんなには無いので、やっぱりPROにするのは止めておこう、と判断しました。

 

無断転載されたサイトのURLも載せません。

その代わりスクリーンショットを載せておきます。

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↑こんな風に無断転載されていました。

 

とりあえず、自分が取れる方法はこれまでです。

無断転載はいけませんよ。引用は良いですけど。

私のブログでよかったらどんどん引用していってください。

(役に立つことは書いていませんが)

 

そんなこんなで、終わりです。

以上、まりあんぐがお送りしました。