やりたいこと。

りあんぐです。

超久しぶりです。みなさん、お元気でしたか?

もう秋どころか冬の足跡も聞こえてきていますね。

 

今回は、最近やりたいなぁと思っていたことを現実に実行しかけているので、それについて呟いていきます。

f:id:mariang:20180126090912j:plain

 

私は、妄想癖があります。

それを実感したのが、まだ多分5歳くらいのとき。

かの「ゴエモンシリーズ」で、剣豪っぽい敵キャラに一目ぼれしたことがそのきっかけでした。

その敵キャラ?さんと自分がキャッキャウフフしている妄想を、齢5歳くらいにしてしていたのです。

 

…とんでもないヤツです。キモイ。

 

しかし、その妄想癖はとどまること知りませんでした。妄想を外部に出してしまって厨二病を発症してしまったり、脳内のシチュエーションに合うBGMを探してみたり。

でも、例えばオリキャラをノートに書き込んでみたり、はしませんでした。徹底して証拠を残さず、オリキャラと漫画・アニメキャラがバトルしているのを妄想していました。(現在進行形です。)

 

ほら、よくあるじゃないですか。夜寝る前に、オリキャラの妄想するの。

それの重病になったのが私です。

 

一生妄想するだけにしよう、と思っていたのですが。

どうも最近は便利なものがあるじゃないですか。

 

 

↓「小説家になろう」というサイトが。

https://syosetu.com/

 

 

そう、「脳内の妄想を小説で吐き出しちまえ」と思っているのです。

 

これは実に生産的なことで、暇な時間をどんどん潰せる。

妄想も別の方向に発展したりして、なかなか良いものです。

 

現在は、まだプロットを書いている段階です。

プロットがぎっちぎちになっているのが現在の悩みです。

これでセリフ入れたら一体何字になるのかしら、もしかしたら1話分のプロットで3話ぐらい作れるんじゃないかってくらいぎっちぎち。

 

あと、自分の遅筆なことといったら、すごいです。

妄想ははかどっても、筆はそうはいかないのですね。勉強になります。

 

せっかく時間があるのですから、有効活用しないと。

そう思った秋の朝でした。

 

統合失調症の人間は子どもを産むべきか否か

お久しぶりです。

りあんぐです。

 

ずいぶんと久しぶりの更新になります。

更新が滞っていた原因は……特に無いのですが、

なんとなく更新できずにおりました。

いつも読んでくださっている人、すみません。

初めてこのブログに来てくださった人にも、すみません。

 

さて、最近表題のことで悩んでおります。

今回はそのことについてグダグダ綴っていきます。

f:id:mariang:20181030134249j:plain

 

ずばり、子どもを産むか産まないか。

そのことについて悩んでおります。

 

このブログに来てくださった人ならお分かりになると思いますが、私は統合失調症です。

場合によっては幻覚などを感じてしまう病気であります。

おまけに私はストレスに弱く、精神的にクソザコであります。

 

そんな人間が、子どもを産んで育てられるのだろうか?

 

統合失調症の人でも、子どもを産んで育ててらっしゃる人がいるのは知っています。

(そのようなブログにお邪魔することが最近多くなってきています)

しかし、それはあくまでも「上手くいった」例であって、自分が同じようにできるのか?と考えると、それは難しいかなぁと思ってしまう次第なのです。

妊娠に伴う断薬ですら恐ろしいと感じています。

 

私の夫の帰りは遅いほうです。

その間、昼間にずっと私が子どもを見ていられるかも怪しいのです。

子どもと一緒に公園に行く、散歩に行くのは確かに楽しい、喜ばしいことかもしれませんが、アクティブではない私がそれを行うのは正直苦しいのもあります。

 

はっきり言ってしまうと、子どもを産むメリットをあまり感じられないのです。

 

「子どもを産むことは人生の喜びに繋がるよ!」という声もあるかもしれません。

しかし、自分の喜びを子どもに押し付けるのはどうなんだ?とも私は考えてしまいます。

考えすぎなんですかね。

 

夫にこの旨のことを話したら、同意してくれました。

しかし、今決定するのは早すぎるのでとにかくそういう考えで暮らしていこう、ということになりました。

 

私は今29歳です。

適齢期を考えると、あと3年くらいは健康な子どもを産める可能性が高いです。

言い換えると、それまで考える猶予はあるのです。

 

繊細でありながら人生を左右する大きな問題であるので、ゆっくり考えたいと思います。

 

今回はこんなところで終わりです。

読んでくださり、ありがとうございました。

私の夢だった「自立した生活」


#わたしの自立

バナー
Sponsored by CHINTAI

こんにちは、まりあんぐです。
何週間か前のはてなブログのお題に思うところがあり、初めてお題に沿って書いてみます。


私の大学生の頃の夢は、「自立すること」でした。


それは、金銭的な意味のほかに家事ももちろん含んだものです。
言ってみれば、「OLの独り暮らし」でしょうか。
そんな生活が夢であり、自分が到達しなければならない最低ラインでした。


始めは、順調でした。
休みの日は趣味のアクアリウム店巡りをしたり、金曜の会社帰りにラーメンとビールを注文して頂いたり。
なかなか充実した生活を送っていたように思います。


しかし、そのうち私は動けなくなっていきました。


休日に出かけようとしても電車に乗っただけで気持ちが悪くなる。
自炊しようとしても面倒くさい。
仕事に必要な資格勉強をしようとしても集中できない。


こういう状態のときって、「自分が如何におかしいか」を理解できないものなんですね。
このような状態が、私にとって普通になっていました。


で、最終的にどうなったかというと、ここで再三書かせてもらっている通りです。
本格的に動けなくなり、実家から母に来てもらい、クリニックに行って休職の書類を書いてもらいました。


実は、動けなくなった決定打がありまして。


ある日、私は自分の夢がどれだけ叶ったのか考えていました。
そこで、気づいてしまったのです。自分の夢は全て叶ってしまったと。
「自立した生活」を送れていると。


そこに気づいたとたん、「ならば、私はもう生きている目標・目的が無いのでは?」と思ってしまったのです。
自分の人生の全ての目標は達成した。
ならばこれから生きていても意味は無い。


そう、思ってしまったのです。


改めて考えると、「病んでるなぁ」と思います。
なんというか、やっとやっと生きている感があるというか。


あ、今は生きる目的とかは考えていません。
のほほんと生きています。
あの頃に比べものにならないくらいぼーっとした毎日を過ごしています。


これからも目的とか考えずに過ごしたいです。
平和な一日がずっと続くと良いな。


りあんぐでした。