記事作成と編集のお仕事の違いがわかったような気がする

今テストライティングを受けている、とこの記事↓で書きましたね。

mariang.hatenablog.com

このテストライティング、記事作成というよりは編集のお仕事なのですが…。

実際やってみて思ったことを今回はお話しします。

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記事作成はわかりやすいです。情報をネットで調べて、その情報から新しい文章を考えだせばいいものだと私は思っています。

しかし、今テストライティングで行っている編集のお仕事は、情報をインプットして新しいものを考えだすという点では同じものの、その新しいものを出すことができる器が小さいのです。

何が言いたいかというと、編集のお仕事は情報を集め、なおかつ新しい価値を付けて凝縮して吐き出さなければいけないものだということです。(凝縮、というのがポイントです)

記事作成は良いんです。ある程度長く書くことが許されていますから。しかし編集のお仕事となると、膨大な情報を頭の中に入れたうえで、その成果物を一見小さなモノ(例えば目次)にして吐き出さないといけない。さらに、後に記事の中身を書いてもらう人にむけて、自分のなかの文章のイメージ図を伝えないといけない。

これは大変なことです。ちなみに、私の中の編集者のイメージはこちらのサイトさん↓に掲載されているのと同じです。

liginc.co.jp

こちらのサイトさんにも書かれていますが、編集者の仕事は雑誌・書籍(・記事)の根幹であることが、今回わかったわけです。

 

そして、この編集のお仕事。ちょっと私に向いていないようです。テストライティング(この言い方も紛らわしいですね)の制作はもう終わり、あとは提出するだけというステージなのですが、制作物を提出した後は辞退しようかな…なんて思い始めています。

なぜなら、この作業を通じてわかったのです。私がやりたいのは、文章を書くことだということが。

 

あとは、インプットした情報がもったいない!と思ったのも事実です。膨大な情報をインプットしながら、自分では本文を作成することができないこの辛さ。何だか、「私が編集から本文制作までやればいいんじゃないか?」と思ってしまったんですね。

これはいけない。自分がやっていることを、二度手間のように感じてしまったのですから。

 

しかし、契約は契約です。契約した分、つまりテストライティング分はきっちりと手を抜かずにこなしました。

そこらへんは大人ですからね。しっかりしないと。

 

納品期日は17日なので、それまでテストライティングの出来を繰り返し再確認するとします。

しかし同時進行で、新しい仕事を探すことも行おうと思っています。

はてなブックマークや⭐で応援してくださったみなさん、申し訳ありません…。

 

今回は以上です。

 

 


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