精神病は「治る」ものではなく「成長する」ものであるような気がします

こんにちはー。

今日は晴天の割には暑くなくて快適です。いつもこんな感じなら良いのにな…。

相変わらずやる気スイッチを探しています。そんな感じ。

 

さて、今回は精神病の『治った』について、ちょっと考えてみました。

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まず、私の持病である統合失調症は治らない病気です。統合失調症は精神というより脳の病気なのですが、とにかく完治ということはありえない病気で、患者さんたちはみな「寛解」といわれる状態を目指して治療に励んでいます。

 

統合失調症は薬を飲みながら付き合っていくしかない病気である、というのは理解しているのですが、他の精神病、例えば双極性障害うつ病はどうなのかな、と思って、ちょっと調べてみました。

 

双極性障害

治る病気みたいですが、再発を繰り返しやすい病気のようです。

(ソースはコチラのサイト↓)

www.smilenavigator.jp

 

うつ病

治る病気のようですが、こちらも再発したり長引いたりするケースが多いようです。(ソースはコチラのサイト↓)

www.smilenavigator.jp

 

ここでちょっと思いました。「治った」って、どんな状態?

双極性障害なら気分のアップダウンが無くなったときでしょうか。

うつ病なら前のようにふるまえるようになったときでしょうか。

 

精神病は、その名の通りその人の精神に多大な影響を及ぼします。それこそ、元には戻れないくらいの。

病状が回復したにせよ病気によって人格まで変貌したとき、それは「治った」と言えることなのでしょうか?

少なくとも、「元に」戻った、直ったとは言えないような気がします。

(あくまで私が勝手に考えていることです)

 

多くの人は、精神病になり、病状が治まってくると自分の人生について考えると私は勝手に思っています。

そうなると、今まで見向きもしなかった社会的弱者のことを考える機会がやってくるともいえることができます。

弱者のことを考えることができたとき、人生について考えるときのことを、私は「成長したとき」と呼ぶのではないかと思ったわけであります。

 

つまり、精神病の病状が治まるとき、「治った」というよりは「成長した」というほうがふさわしいのではと思ったのです。

 

別に「精神病サイコー!」などと言うつもりはありません。ただ、私は治らない病気(=統合失調症)になってから、人格は完全に変化しました。

自分の人生について真剣に考えて、社会的弱者のことも自分のことのように思えるようになりました。

そして、葬式にも出ねぇと嫌っていた・憎んでいた両親に、感謝しながら毎日を送るようになりました。

 

私はこの変化を、成長だと受け取っています。病気によって頑なだったこころが露呈し、苦しんだからこそ成長することができるのではないか、と考えています。

 

今日はちょっと真面目に。ちょっと前までサラダチキンが好きだとか書いていたとは思えません。

これも成長ということで。でもすぐにもとに戻るかもしれないので、成長とは言えないかもしれませんね。

では、今回はこの辺で。