成人の引きこもりについて思うこと

こんにちは。今日もこちらは降ったりやんだりでございます。

梅雨に戻ったのかな?なんて思ったりもできるような天気です。

早く晴れろよ、なんて天に向かって思ったりもします。

 

さて、今回はふと気になったので「成人の引きこもり」について考えてみました。

f:id:mariang:20170825150659j:plain

まずは、改めて「引きこもり」の定義について調べてみました。

こういう時は国の文書を読むのが一番で、実際に読んでみたのですが、どうも定義が広すぎるのでちょっと疑問を持ちました。(下記リンクを参照ください↓)

厚生労働省:政策レポート(ひきこもり施策について)

 

それよりもなるほどなぁと思った「社会的」引きこもりの定義を挙げているサイトさんがあったので、そちらの方の定義を使って考えていきます。

medicalnote.jp

定義について書いてある部分を引用します。

  1. 20代後半までに問題化すること
  2. 6カ月以上、自宅にひきこもって社会参加をしない状態が持続すること
  3. ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいこと

この定義を考えた方は、のちに「1.20代までに~」という項目を削除しています。理由は、現在では年齢問わずに引きこもる人が少なくないからだとか。

そして注目すべきは「3.ほかの精神障害が~」です。

 

引きこもりには、結構な割合で何らかの精神疾患があると言われています。それらの人を除いたら、引きこもりの数はそのぶん減ることになり、全体的な数は減るものだと考えられます。

でも、納得です。病気が理由なら、療養として引きこもることも必要かもしれませんからね。

 

定義は決まりました。次は色々と考えてみます。

「2.6カ月以上自宅に引きこもって~」の部分ですが、ブログやネット上で意見を発信している引きこもりの人はどうなのでしょうか?

私としては、立派に社会に参加しているような気がします。ああでも、それにのめりこんでしまって、外出をしないのが悪いんですよね。きっと。

でも、外出しても一言も発さないのと、ネット上でブログとか書いてたりすることのどちらが引きこもり的ではないのでしょうか。

外に行っても一言も発さないというのは、正社員の時研修中に一言も発さなかった私と被ります。ちなみに、半引きこもりでブログを書いている今のほうがよほど社会に参加しているように思います。本人が思っているだけですが。

 

また、確かに会社に行かない、無職状態が長く続くのは良いことではありません。

でも、会社に居ることが自分のこころをそぎ落とされているような状態だったら?退社時にひとりでに涙があふれてくる状態だったら?

それでも働かなくちゃいけない時はあるかもしれません。でも、私は自分の健康のために撤退をおすすめします。

精神疾患ギリギリのような時に引きこもっている時間を、人には「引きこもりだ」と言われるのかもしれません。

でも、それは必要な時間です。

「3.ほかの精神障害が~」とありますが、.精神疾患が原因だとわかるのは診断が下ってからで、診断が下る前はただの引きこもりです。

引きこもりはそもそも外に出ることを拒むので、病院に行くことも拒み、結果としてただの引きこもりとして扱われていることが多いのではないでしょうか。

 

なんだか長くなってしまったので、これで切ります。

まだちょっと考えたいことがあるので、また続きのようなものを書くかもしれませんし、書かないかもしれません。

読んでくれてありがとうございました。


「大人の引きこもり」を救え!