優しい地獄~陽キャラのなかの陰キャラ

どうも。まりあんぐです。

すっかり初夏の色合いが濃くなり、梅雨入りした地域もできてきましたね。

真夏日を記録することも多くなりました。

 

さて、今回は私が会社員だった時のことをお話しします。

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私は大学3年の時、非常に就活に苦戦していました。

ES(エントリーシート)の段階で落ちる落ちる、面接にもいけないことがほとんどで、ちょっと絶望しているなか、それでも就活を続けていました。

 

そんななか、SE(システムエンジニア)の仕事はどう?と大学の就職課に勧められました。

試しにSE募集の学内説明会を聞いたところ、「これが私の天職だ!」と勘違い。

SEを目指すことになります。

 

それが、地獄のきっかけとも知らずに。

 

就活の結果としては、2社から内定をいただきました。私は、そのうち比較的大企業の方を選びました。(お断りしたA社、すみませんでした)

さて、内定者説明会が開かれることになったのですが、ここで私は自分の間違いに気づきました。

(あっ…私と同じ陰キャラがいない…)

そうです。私は陽キャラの中にひとり紛れ込んでしまったのです。

つまるところ、同期で気が合う人が一人もいない。

 

これは私にとって、大変厳しい状況でありました。なぜなら研修期間が3か月とバカに長く、同期と過ごす時間が一日のほとんどを占めていたからです。

 

しかも、同期は「みんな仲良く」精神の人たちでした。「みんなそれぞれ」精神の私にとって、これは非常に辛いものです。

 

何か行動する度に、同期は常に一緒でした。一方、私は独りでいるのが好きな人間です。

苦しかったです。自分の世界に逃げ込むことができなかったのですから。

 

そして何より辛かったのが、私も仲間にしよう、と思ってくれている同期への申し訳なさでした。

仲間にしよう!と思ってくれている同期のみなさん。一方、独りが好きな私。

同期の、良心で仲間に入れてくれようとしている心は、ものすごく伝わってきます。でも、私はどうしても同期と同じになることができない。

 

苦痛でした。まさに、真綿で首を絞められる地獄とはこのことです。

 

私は、同期のなかで無口になることしかできませんでした。(もともと無口なのですが)

次第に、同期は私を避けるようになりました。

 

その後も、意味を見いだせないグループワーク、全員やる気のないプログラミング研修も終わり、長い長い研修が終わりました。

 

私は、研修が終わった嬉しさを母に伝えたことを覚えています。

 

…でも、よく考えたら病気になるようなストレスはここから始まっているような気がします。

配属先では一番嫌いな同期と一緒で、同じ仕事をさせられた時もありました。

きっと、私は人間関係のストレスにめっぽう弱いのでしょう。

そんなこんなで、私は病気になって会社を辞めました。

 

研修のときの地獄は、今でも思い出します。

でも、私が大人になって上っ面だけ同期に合わせていれば良かったのだと思います。

要は、私が招いた、私だけの地獄だったのだと思います。

 

長々と失礼しました。